Procedure -The Fifth Edition-
There is no royal road to learning・・・
ある理学療法士の日記
ワンステップ上を見たい
月曜日は、やっぱり体の動きが鈍い。
ぼちぼちエンジン始動といったところかな。
夕方は、後輩の学会発表のプレゼンテーションだった。
小児領域での発表だ。
参加者は・・・・・・もう少し参加してほしかったのが正直なところだが・・・・
違う視点からの意見は、やはり重要だ。
普段から考えていると、いわゆる思い込みが出てしまう。
そういう意見のためにも、自分の考えが何であれ参加すべきだろう。
○○療法だろうが、何だろうが到達目標は同じなはずで、情報を収集しディスカスする機会をつくるべきだ。
自分は考えが違うから関係ないではなく、一人の系統だった思考は多くの情報を与えてくれる。
あまりいうと愚痴のようになるので、止めておこう。
どうしても、筆頭になると自分の思いが強く入ってしまう。
しかし、言えることには限りがある。
それを冷静に分析し、述べることにつきる。
それが難しいのだが・・・・
それも勉強だ。
次のステップへ上がるためには、今の自分を嫌いになることも必要かもしれない。
つらい思いも当然だ。
それは精神的だろうが、肉体的だろうが、ワンステップ上の自分出会うための料金だろう。
そんなスタンスでいれば、ある意味安いものかもしれない。
なにはともあれ、昨日は勉強になった。
ディスカスは楽しいな。
特に部門を超えた、ディスカスは新たな視点を生み出してくれる。
リハビリテーションとはそうあるべきなのかもしれない。
部門ごとに担当することも重要だが、それぞれの視点からの意見を真剣にぶつけあい、本気で検討することだ。
とことんやる時間があっても楽しいかもしれない。
帰宅後、再度英語へ・・・・
もう少しで一区切りだ。
今日は、つくづく脳卒中の病態の複雑さを考えていた。
運動制御についても、考えを改めないといけないのかな。
最近は求心性フィードバックの意味を考え直している。
きっかけを書き出すと長くなるので、省くが・・・・求心性フィードバックは何を伝えているのだろう。
運動のプログラムの段階で、エファレンスコピーとの照合を行っている解釈だが、フィードバックで間に合うのだろうか?
環境と身体のadaptiveな部分は、間に合うのだろうか。
予測の存在もあるだろうが、案外運動はもっと簡単に制御しているんじゃないだろうか?
もっとアバウトなものではないのだろうか?
行為の達成とその運動プロセスの多様性。
意図的な制御と突発的な運動、注意の対象で運動制御は変わるのかもしれない。
それは脳内のtask specificな部分で説明できるのかもしれないが、もっと単純に考える方がいいのかもしれないな。
学習についてもそうだ。
爆発的に覚えることがある。
運動と注意との関係。
考えなおすか。
夕方は学生へ、レポートの書き方について話をしていた。
修正箇所は多いかもしれないが、書くこと、述べること、そして伝えることや思考することの楽しさを知ってもらえれば良い。
時間を割くことは面倒な部分もあるが、もうワンステップ上の自分を見てほしい。
ふか~いふか~い世界へ飛び込んで行ってほしい。
理学療法自体をマニュアル化すれば、本当に簡単だろう。
それに甘んじてはいけない。
マニュアル化の意味を知らなければいけないし、個別性を追求することをわすれてはいけない。
実習らしくなってきた感じかな。
その後、英語を再度まとめた。
なんとか一区切りだ。
少し、頭の中で身体像形成のプロセスの可能性が浮かんだ気がする。
あとは検証していく方法を検討しなければならない。
面白くなってきた。
なんとかまとめて、論文にできないものかな・・・・
勉強あるのみだな。
明日は、朝英語だ。
先週のリベンジなるかな?
ぼちぼちエンジン始動といったところかな。
夕方は、後輩の学会発表のプレゼンテーションだった。
小児領域での発表だ。
参加者は・・・・・・もう少し参加してほしかったのが正直なところだが・・・・
違う視点からの意見は、やはり重要だ。
普段から考えていると、いわゆる思い込みが出てしまう。
そういう意見のためにも、自分の考えが何であれ参加すべきだろう。
○○療法だろうが、何だろうが到達目標は同じなはずで、情報を収集しディスカスする機会をつくるべきだ。
自分は考えが違うから関係ないではなく、一人の系統だった思考は多くの情報を与えてくれる。
あまりいうと愚痴のようになるので、止めておこう。
どうしても、筆頭になると自分の思いが強く入ってしまう。
しかし、言えることには限りがある。
それを冷静に分析し、述べることにつきる。
それが難しいのだが・・・・
それも勉強だ。
次のステップへ上がるためには、今の自分を嫌いになることも必要かもしれない。
つらい思いも当然だ。
それは精神的だろうが、肉体的だろうが、ワンステップ上の自分出会うための料金だろう。
そんなスタンスでいれば、ある意味安いものかもしれない。
なにはともあれ、昨日は勉強になった。
ディスカスは楽しいな。
特に部門を超えた、ディスカスは新たな視点を生み出してくれる。
リハビリテーションとはそうあるべきなのかもしれない。
部門ごとに担当することも重要だが、それぞれの視点からの意見を真剣にぶつけあい、本気で検討することだ。
とことんやる時間があっても楽しいかもしれない。
帰宅後、再度英語へ・・・・
もう少しで一区切りだ。
今日は、つくづく脳卒中の病態の複雑さを考えていた。
運動制御についても、考えを改めないといけないのかな。
最近は求心性フィードバックの意味を考え直している。
きっかけを書き出すと長くなるので、省くが・・・・求心性フィードバックは何を伝えているのだろう。
運動のプログラムの段階で、エファレンスコピーとの照合を行っている解釈だが、フィードバックで間に合うのだろうか?
環境と身体のadaptiveな部分は、間に合うのだろうか。
予測の存在もあるだろうが、案外運動はもっと簡単に制御しているんじゃないだろうか?
もっとアバウトなものではないのだろうか?
行為の達成とその運動プロセスの多様性。
意図的な制御と突発的な運動、注意の対象で運動制御は変わるのかもしれない。
それは脳内のtask specificな部分で説明できるのかもしれないが、もっと単純に考える方がいいのかもしれないな。
学習についてもそうだ。
爆発的に覚えることがある。
運動と注意との関係。
考えなおすか。
夕方は学生へ、レポートの書き方について話をしていた。
修正箇所は多いかもしれないが、書くこと、述べること、そして伝えることや思考することの楽しさを知ってもらえれば良い。
時間を割くことは面倒な部分もあるが、もうワンステップ上の自分を見てほしい。
ふか~いふか~い世界へ飛び込んで行ってほしい。
理学療法自体をマニュアル化すれば、本当に簡単だろう。
それに甘んじてはいけない。
マニュアル化の意味を知らなければいけないし、個別性を追求することをわすれてはいけない。
実習らしくなってきた感じかな。
その後、英語を再度まとめた。
なんとか一区切りだ。
少し、頭の中で身体像形成のプロセスの可能性が浮かんだ気がする。
あとは検証していく方法を検討しなければならない。
面白くなってきた。
なんとかまとめて、論文にできないものかな・・・・
勉強あるのみだな。
明日は、朝英語だ。
先週のリベンジなるかな?
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