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視点

火曜日以来の更新になってしまった。
なかなか、タイミング合わず更新の機会を逃している。

火曜日は大学院の授業に参加した。
色々な都合により、学生だけでのディスカッションを行った。
それなりには議論できたような気はするが、やっぱりまとまりは微妙な感じであった。
次回の自分のプレゼンテーションでは、きっちり発表できるように前進しておきたい。

そういう意味では、今は基礎からすべて洗いなおす作業をしているが、本格的にエンジンを動かす必要がありそうだ。
天候の下限からか、暑さで体力を奪われている感もあるが、なんとか踏ん張るしかない。
前進あるのみだ。

水曜日は、朝から英語だった。
ASD者の表情認知に関連した論文だった。
どうやら、2回にわたってのプレゼンテーションが行われるようだ。
やっぱり、朝の勉強会は体力的にきついのか、徐々に人数が減りつつある。
少数でも、きっと継続していくことに意味はあるだろう。
やめたら終わりになってしまう。
継続しておくことで、いつか、なにかのブレークスルーがやってくるのかもしれない。
とはいいながらも、自分自身の順番もじきにやってくるだろう。
いくつかは翻訳したものもあるが、なんとか新しい論文に取り組みたい。
自分の研究の基礎から見つめなおす意味では、もう少しreviewから入ることも必要なのかもしれない。

可塑性について。

マクロとミクロの両方から、再度とらえることが、なにかきっかけを生み出してくれそうな気がする。
なかなか、時間もなくつらい部分もあるが、毎日手をつけていくしかない。

来月初めには、学会もありそのポスター作成も進めなければならない。
今の着目点と、ある程度は共通する点があるのでそれは救いかな・・・・・

木曜日は、ネットで大学院の授業を受け、父の日のプレゼントを買いに出かけた。
どうやら、最近シルクのパンツにはまっているらしく、それが欲しいらしい・・・・
シルクのパンツとはいえども、なかなか売っていないもので、やっと見つけ出し購入。
きっと喜んでもらえるだろう。

夕方には、実家より荷物が届いていた。
とうもろこしとメロンを頂いた。
とうもろこしはとれたてのようで、レンジで温めて頂くことにした。
農産物は、とれたてがやっぱりおいしい。

金曜日は、授業がなくやったりとした時間を過ごした。
臨床では、興味深いことも多々あり、テンションは上がり気味だ。
学生にも、身体機能が変化していく過程を目の当たりにし、体感してもらえると今後の興味につながるだろう。
小さな変化も見逃さない、視点を持つことだ。
その変化は、多角的に分析を加えて解釈をしていく必要があるだろう。
と、書くのは簡単だが、襟を正して自分も前向きに向き合っていきたい。

前進あるのみだ。
楽しまなきゃね。

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激痛

またもや久しぶりの更新になった。
なんだかんだとバタバタしている。

日曜日は、午前中に少し出かけた後、帰宅した。
帰宅後は、ネットで大学院の授業を受け、筋収縮のメカニズムの複雑さにテンションが上がった。
それを制御している、脳は本当にすごい。
これといって、学習ができていないが、今後の方針について考えてみた。
やっぱり、何かと忙しいことは明確だ。
学会、大学院、県士会、仕事などなど・・・目白押しであることに違いない。
まぁ、そうも言ってられないので、目の前の問題に取り組むしかない。
前進あるのみだ。

月曜日は、朝から本を開いた。
もう一度、学習のメカニズムについて勉強し直すつもりだ。
マクロだけでなく、いったんミクロから攻めてみることも重要だと思った。
シナプス伝達効率の変化と、神経伝達物質の受容体と・・・・興味深いものだ。
末梢でのメカニズムと中枢での解釈と整合性がどこかで必要なのだろう。
どうしても、視点が違うとかけ離れたもののようにも感じるが、実際は人間を介している以上は同じだ。
そういう意味では理解する側の質の問題なのかもしれない。

仕事では腰を酷使してしまい・・・・・
その後の結果は予想通りだ。
結局は自分の身体をマネージメントできていない。
それは、反省しかない。
なんとか、ごまかしつつ仕事をするしかない。

実習生も1週間が過ぎ、ぼちぼち慣れてきたころだと思う。
初めての長期実習でとまどうことも多いだろうが、できる限りの努力を期待したい。
結果だけがすべてではなく、理学療法の手続きをどのように踏むかが、今の時期は重要なのかもしれない。
最初からわかる人間なんて存在するわけもなく、スタートは誰しもが同じだ。
しかし、その後の経験(能動的)は、将来の自分を築きあげるものだ。
着実に一歩を歩んで頂きたい。
前進あるのみ。
実習は楽しむものです。(持論)

その後は、県士会の仕事に手をつけ、帰宅。

火曜日は、案の上腰痛が・・・・・・
それも今回のは強烈だ。
正直、仕事にいけないかとも考えた。
まぁ、案外なんとかなるもので、無事出勤した。

仕事は辛いながらも終えた。
夕方からは大学院での授業だ。
色々とハプニングもあったが、熱のこもったディスカッションになったように思う。

その後は、グループのメンバーとラーメンを食しに出かけた。
研究のこと、仕事のことを話して帰宅した。

そういえば、もうすぐ父の日だ。
母の日も特別なにもしていなかったな・・・・

迷惑かけっぱなしだから、何か考えねば。

それにしても腰が痛い。
そんな感覚も、生きているからこそ。
豊かな感覚に感謝することにしよう。
前進あるのみだ。
色々大変だが、楽しむことを忘れないようにしよう。


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オフ

今日は、久し振りのオフだ。
朝からめずらしくも家の整理整頓をした。

それにしても昼間は暑い。
いよいよ夏になってきた感じだ。
5月にアロハシャツを買う予定をしていたが、忙しさのあまり忘れていた。
でも、やっぱり欲しくなるのは好きな証拠だ。
その反面、少し趣味が変わってきた自分もいる。
服装ってのはやはり難しく、その時々の旬な自分がいるものだ。

装いはそれを示すものであり、個性というか・・・・気持ちがあらわされている。
もちろん、流行りで考える人もいるかもしれないが、マッチしているかどうかは鏡を見れば自分でわかるものだ。
年齢的にも、若手から少し熟し始める時期に差し掛かっているのだとは思うが、なんとも決まらない。
若くいたい自分もいれば、成熟していく大人な自分も存在している。
でも、どっちが良いかが分からない。
簡単に処理するには、両方にすればよいだけだが・・・・
言うのは簡単だが、性格が許さないのも事実。
まぁ、なるようになるか・・・・

気がつけば6月も1週が過ぎた。
学会まではあと、一か月しかない。
ぼちぼち準備をしていかねばならない。
研究背景の解釈をもう少し深めておく必要性を感じている。
先日のプレゼンでご指摘を頂いた通り、すべてやり直しだ。
自分の脳をブラッシュアップすることで、違う展開に結びつくはずだ。
過去との相違を感じることは創発へと、つながると信じている。
前進あるのみだ。

今日は珍しく夕方にテレビをつけると、MR.Brainの再放送をしていた。
俗っぽいものだが、そこまで脳科学が注目され出しているのだと実感。
一般的に注目が高まっているということは、その視点は必要なのだろう。
徹底的に脳を変える訓練を考える必要がありそうだ。
3月には理学療法MOOkも発売されている。
業界全体も動き出す時がきたのかな。
誤った道へは進まないよう、本気で勉強が必要だろう。


前進あるのみ。
生きていると色々ありますが、どんな時も楽しまなきゃね。

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内から外から?

今日は金曜日、小雨模様の中の出勤だった。
到着後は、県士会の仕事を済ませ、知り合いPTからのメールを確認した。

以前から、メールでやりとりしながら、症例検討を行っているが結果が出始めているようだ。
なかなか、メールが返信できておらず、申し訳ない気持ちだがなんとか明日にでも返信できればと思う。
症例に深く切り込むことについて、奥の深さを再認識している。
症例に向き合う、セラピストの姿勢にも頭が下がる思いだ。
こういったセラピストが増えると、本当に良くなっていく患者さんも増えるのだと思う。
やはり、向き合うことを最低限必要なのだろう。
目に見える世界だけがすべてではなく、目に見えない世界も同時に存在しているということだ。
目に見えない、人間のこころの部分に人間の本質があるのかもしれない。
そういっていると、何か抽象的世界なのかとも思えるが、抽象的のみでもない。
それは、身体を介して運動として示し、言語として表現されているのだ。
この二つは目に見える、耳から聞こえる世界に他ならないのだが、外から見るか、内からみるかの違いだ。
どうすれば、患者の広がり、可能性を見出すことができるのだろうか。

脳と空のどちらが広いのか?
外から見えば、脳は頭蓋骨の中の神経細胞と神経線維の集まりにしか過ぎない。
そらも、はるか彼方の宇宙から見れば、青い地球なのだろう。
しかし、地球から空を見上げれば果てしなく続く空間だ。
どの視点に立つか、それによって大きく変わりうる。

臨床いる一つの喜びとして、「再会」がある。
もちろん、再入院ではない。
成長した姿を見せて頂けることだ。
前進している患者のその姿には、美しさがある。
きっと、とてつもない努力をされたのだろう。
苦悩の果てに見える、ワンランク上の自分。
それを見続ける人間にもはや怖いものはない。

今は、学生がきているが、難しい話をし過ぎているかもしれない。
簡単に教えるべきなのだが、人間がそんなに簡単でないのも事実だ。
どのように教えるのが良いのだろうか?
ここでは本当に悩む。
自分の臨床感を見せることは必要だが、見せることで押し付けにならないのかが心配だ。
ほどほどということも時に、必要なのかもしれない。

夕方は、同僚の学会発表のプレゼンテーションを聞き、その後は学生さん達と食事へ。
少し、話をした後に帰宅した。

また、週末からぼちぼち動きがそうかな。

前進あるのみだ。
どうせなら楽しまなきゃね。

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if

今日は木曜日だ。
朝は少し早く、出勤し本を開いた。
連日の寝不足から、少し回復傾向にあり、再度ギアを入れ直し前進することにする。
火曜日のプレゼンテーションでは、貴重な意見を頂くことができた。
頂いた意見の本質を再度考えなおした。
なかなか、結論はでるわけでもなく、とにかく深く掘り下げることの必要性を考えた。
それなりに研究デザインはしたつもりだったが、あくまでもつもりに違いなかったようだ。

まぁ、そんなもんだろう。

行き詰まった時は、基礎に帰るに限る。
再度、本を見直すことにした。

いったい、何が不足していて、何を見ていくべきなのだろうか?

難しい問いだが、それが研究というものなのだろう。

楽しまなきゃね。

目先の苦しみは、確かに苦しみだ。
しかし、その先にはきっと、いいことが待っているはずだ。
それが、未来の自分を見ることだ。
ワンランク上の自分は、カッコヨク見える。
まぁそんな些細なことでも、モチベーションを上げられれば問題ない。

何が不足しているのだろうか・・・

やはり、感覚フィードバックの運動プログラムへの貢献について確認が必要だ。
いったい、フィードバックによって自己をモニターすることは何だろうか?
単純に、リアルな自分を感じるだけだと思っていたが、その本質とはなんだろうか?
記憶があるのにモニターをする必要がある。
そのモニター方法には、多くのモダリティーが存在しているのだ。
なぜ、そんなに多くのモダリティーが必要なのだ。
目で見れば済むこともある。

人は感覚がなくとも運動ができる。

その運動は文脈によっても、容易に変化する。

この機能との接点だ。

脳には可塑性があり、ダイナミックに変化している。
情報化できる領域が、拡大する。
この変化の特性は、各疾患の病態によってそれぞれ、深く掘り下げる必要があるのだろう。


朝から、そんなことを考えながら、仕事がスタートした。
昨日、手を負傷し・・・・これがまた場所が悪く・・・・リストカッターに見えなくもない。
そんなつもりは全くないのだが、不思議なもので・・・傷を見るとなんか妙な感じだ。

傷を隠すために長そでを着ていたが、暑くて断念・・・・

周囲のスタッフが傷に対して、微妙な視線を送っているのがわかる。
こうなることはわかっていた。
どうやら、スタッフの中にも同じような経験をした者がいて・・・少し話をした。
人間とは不思議なもので、共感することに喜びを感じるが、その方向性は意識に上らない。
同じ境遇の人間がいるということは、何らかの安心感が存在するのだ。
不安な時は、何かつかめるものに捕まる。

片麻痺者の動作と似た感じだ。
安心の上に、学習は成立するように、何かその状況で強化学習が進んでしまう。
それにも良し悪しを感じてしまう。

そういう意味では冷静に自分の位置を理解する視点が必要だ。
これがフィードバックということか・・・・

前進あるのみだ。
とにかく、スタートにもどろう。
そして、新しい道を楽しむことにしよう。

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